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Paul業界(Z BLOG 菅野 浩)

弐 Paul


2018年の11月と12月、横浜野毛にあるアルチスタヨコハマにて「弐 Paul」というバンドのライブがあった。
このバンドのネーミングは、Paul Desmond好きが二人いるという意味。
僕以上にPaul Desmondに傾倒しているサックス奏者が横浜にいるので、その彼と弐管で、いや、2管でやったらどうかということでピアニスト今井慎一郎氏の呼びかけで始まったものだ。
メンバーは以下の通り。
今井慎一郎(p)
菅野浩(as)
奥野裕太(as)
磯部英貴(b)

201901221812_1.jpg

選曲は、Paul Desmondのレパートリー縛り。
12月のライブではクリスマス直前だと言うのにクリスマス曲は一切やらなかった。
ひたすらPaul Desmond。
アルトの奥野裕太くんは、Paul Desmond通のリスナーを唸らせる曲を多数、自身のレパートリーとしており、それらと僕が所有する通な曲たちで一晩終わる。

もうね、幸せなんです。

201901221812_2.jpg

“Paul業界”(=Paul Desmond好きな人の集まり。今回は敢えてそう呼ばせていただく)にとっての新しい流れ。

Paul Desmond通なリスナーはこの世に多く存在しているのは今までの経験上認識しているが、そういったリスナーの中で足繁くライブ会場へ足を運ぶ人の数は実に少ない。
過去にそのような方とお会いしてわかったのだが、その方曰く、ライブへ行くとビバップやファンキーなアルト奏者ばかりで聴いていて疲れる。Paul Desmondのようなニュアンスを感じるアルト奏者が皆無なのでライブへ足を運ばなくなった。
とのこと。

ん~、なるほど。

ならば、と思い宮野裕司さん(as)との2管バンド「Alto Talks」を立ち上げ、本数は少ないが地道にライブ活動を展開していたところ、今では2枚のアルバムをリリースし、毎回数多くのリスナーさんがライブに訪れて頂けるようになった。

そこへきてこの「弐 Paul」

企画してくれた今井慎一郎氏(p)と、我々(菅野・奥野)のはしゃぎっぷりを大きな器で受け容れてくれる磯部英貴さん(b)、アコースティックなアンサンブルが心地よく響くお店「アルチスタヨコハマ」さんには感謝の気持ちでいっぱいだ。
 

“異種”が混ざった時に次の新しいサウンドが生まれる


ジャズ奏者は耳コピや理論書を元に自分で操作できるメロディライン(言語)を増やし、セッションを重ねることで、楽器での会話の仕方、グルーヴの作り方を体得する。

Charlie Parkerから始まったビバップや、その手法を元に発展したその後の音楽(これらが好きな人達を仮に“Charlie業界”と呼ぶことにする)について詳述されている理論書などは数多く見受けることができる。セッションなどに行くと、それらで解説されているようなメロディライン(言語)を求める耳が沢山あり、その言語が聴こえるとリズムセクションはお決まりのように活き活きとグルーヴし、楽しい演奏になることがある。
“Charlie業界”の語法でセッションを重ねていくと、これこれこういう音とニュアンスを出すと皆がこう反応し、そしたら自分はこっち行くかあっち行くかして、アドリブの道標を整え、皆で同じ方向へ向かってグルーヴする。
言語が通じ合った気持ちになれるこの一体感は素直に楽しい。

ところが、
Paul Desmondの技法を解説し、それを体得するための理論書や教則本などはほとんど見受けられない。“Paul業界”では言語習得はほぼ耳コピ。その言語をニュアンスを伴って習得するのがこれまたひと苦労。我ら“Paul業界”の人間は、アドリブ時の言語なり道標のメカニズムを自分でなんとか構築しなければならない。

“Charlie業界”の感覚で素晴らしいプレイヤーになった人は多い。そういった人達の中に入り、“Paul業界”の感覚でソロを始めると、リズムセクションの間に「?」マークが飛び交うことがある。
それは“Charlie業界”においては成功体験の無い言語やニュアンスに出会ったため、どうしたらよいかわからない、ということのようだ。
僕が20代の頃は己の技量不足もあってか、「シンコペーションとかもっとシャキッと跳ねるようにやらなきゃ」とか「何がしたいのかわからない」とか「ポソポソ吹いてんじゃないよ」などと“Charlie業界”の人に言われたこともある。

だがしかし、やってることは同じジャズ。自分が良いと思うものを、同じように良いと思っている人が他にいないはずはないと思い、同じジャズならばきっとサウンドできるはずで“Charlie業界”ともうまくサウンドできるはず、との信念を持ち続けてみた。すると、時間はかかったが皆認めてくれるようになった。
このようなことを考える時いつも思い浮かぶのが、Chet Baker(tp)のアルバム『She Was Too Good to Me』(1974年録音)における「枯葉」だ。
これは、
Chet Baker(tp)
Paul Desmond(as)
Bob James(p)
Ron Carter(b)
Steve Gadd(ds)
のメンバーでのセッション。
Steve Gaddのようなドラミングを始めこのリズムセクションは、Paul Desmondが参加した過去の作品では耳にしたことがないタイプの激しさ。異種格闘技戦のようで、ちぐはぐなやり取りの演奏と受け取れるかもしれないが、そのバランスがまた絶妙で面白いと思うこともできる。PaulさんとSteveさんはこの時何を考えていたのだろうか。

何が言いたいのかというと、“異種”が混ざった時に次の新しいサウンドが生まれるということ。
僕はいま、Paul Desmondの“その後”を知りたくてしょうがない。
もし彼の音楽を発展させるとしたら、どのようなかたちで発展する可能性があるだろうか?
そこらへんのところを考えていきたいと思う。
幸いなことに僕には仲間がいる。“Paul業界”だ。
そして、“Charlie業界” VS “Paul業界”という構図で対立した関係のように受け取られたかもしれないが、ジャズの範疇であれば同じ仲間という感覚でもいる。“北欧業界”(仮称)もあるし他の業界もある(笑)。

ジャズって面白い。

話は戻って「弐 Paul」。
「弐」ということは、「参」がある。
「四」もあるかもしれない。
これからどうなるのか楽しみだ。

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