< >

記事

厳選した音楽関連の記事をピックアップ!

「Boxman」児山紀芳先生について(Z BLOG 曽根 麻央)

トランペットの曽根麻央です。
2月はジャズに造詣が深い人たちは、ショックを受けたのではないでしょうか。ジャズ評論家であり、ジャーナリスト、プロデューサー、ラジオ・パーソナリティー、そしてスウィング・ジャーナルの伝説的編集長として多方面で活躍していた、児山紀芳氏の訃報がジャズ界に行き渡りました。
今年の1月に病欠中の児山先生からNHK-FMのMCの代役を直接頼まれたばかりの出来事でした。家が近く、僕が9歳の時より家族ぐるみでお付き合いをさせていただいていました。色々ご教授やアドヴァイスをしていただき、僕が今日こうして音楽活動を続けていられるのは児山先生のお力だと思っております。
あまり若い世代のミュージシャンで児山先生と直接の関わりがあった人は少なかったのではと思いますが、勉強家であった先生は、どの世代にも、国内外関係なく目を配らせていたので、先生が一方的に知っていた場合が多くあったと思います。

先日New York Timesにも児山先生の訃報の記事が載りました。
Kiyoshi Koyama, Prominent Japanese Jazz Journalist, Dies at 82 (The New York Times)

凄いことですが、日本のどの記事よりもリスペクトのある書き方がなされていて、ただの報道ではなく、児山先生の人生を知ることができる記事になっています… 
 

児山先生の人生


記事によると1969年にニューヨークに渡り、当時のニューヨークの「ロフト・シーン」の先駆けとなった、SOHOのにあった、オーネット・コールマンのロフトを訪れて取材を行いました。日本ではまだ謎に包まれていた前衛ジャズを取材する重要な機会であったことでしょう。
「ロフト・シーン」について僕はジョー・ロバーノからよく聞いていました。ミュージシャン自身が24時間演奏できる場所を確保し、ライブや、セッション、リハーサルなどを可能にした空間らしいです。80年代にはロバーノ自身も所有していました。オーネットのものはその先駆けと言えるでしょう。

児山先生はマイルス・デイヴィスなどの取材を拒否するアーティストからも信頼を得て取材をできる数少ない存在として知られます。記事によるとコルトレーンに「10年後あなたはどうなっていたい?」と聞き、コルトレーンから「聖者になりたい」という有名な言葉を聞き出したのは児山先生らしいです。
また薬物乱用で投獄中のアート・ペッパーを訪れ、取材し、後にペッパーにそのこと感謝され有名な「Mambo Koyama」などの曲を献呈されています。

80年代には「ボックスマン」の愛称でプロデューサーとして活躍、グラミー賞に数回ノミネートされています。クリフォードの未発表音源のボックス版や「コンプリート・キーノート・コレクション」で発掘王としての実力と地位を確実なものにしました。同時にジョン・ルイス、ヘレン・メリル、ロン・カーター、レイ・ブライアントなどの新しい音源の製作にも携わっていたました。

今日、日本にこんなにも沢山のジャズの情報が、あらゆる媒体から聞こえてくるのは児山先生の功績と言えるでしょう。先生、ありがとうございました。

1812_ZBlog_sone.png曽根 麻央(そね まお)プロフィール
トランペット奏者、ピアノ奏者、作曲家、音楽教育家
ジャズを基盤として日本の音やその他の民族音楽を融合させる、完成度の高い個性的なスタイルを持った日本人のトラン ペッター、ピアニスト、歌手、作曲家。また、トランペットとピアノの同時演奏という独特なスタイルでも知られている 。

【ライブスケジュール】

3月11日(月)…柏 Nardis
4月2日(火)…柏 Nardis
4月9日(火)…六本木 サテンドール

 

詳細はこちらから

記事の一覧に戻る