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日本の管楽器づくりのルーツをたどる ~銅壺(どうこ)っていったい何?~

日本の管楽器づくりのルーツをたどる ~銅壺(どうこ)っていったい何?~
皆さんこんにちは!SNS「Yamaha Wind Stream」担当のHです。

先日、ずいぶん前に会社の大先輩から「これ読むと良いよ」と渡された冊子を読んでいてふと目に留まった単語が気になって、下町風俗資料館(東京都台東区)へ行ってきました!

…って、これだけだとなんのことかわからないですよね。日本での管楽器製造の黎明期に関するお話です。
順を追ってご説明します!

「ニッカン」と「ニチガク」

ヤマハブランド管楽器第一号と言えば、1966年に発売された「YTR-1」ですが、これは当時の日本楽器製造株式会社(通称・ニチガク/現・ヤマハ株式会社)が経営に参画していた日本管楽器株式会社(通称・ニッカン) との技術提携のもと製造されたものです。

そして、1970年にニチガクはニッカンを吸収合併し、今もなお世界最大級の管楽器工場であり続けるヤマハ豊岡工場(静岡県磐田市)の操業を開始しました。

もともとニッカンのものであった工場は、ヤマハ埼玉工場と名を変え、2011年まで埼玉県ふじみ野市でホルンや中低音管楽器の生産を中心に稼動していました。

私が大先輩からもらったのは、その「ニッカン」の歴史を追った「足跡-ニッカン小史-」(1989年刊行/非売品)と題された冊子なのです。

ど…どうつぼ?

- それは数知れない人々の管楽器づくりに流した汗と涙の結晶である -

とサブタイトルがつけられた冊子のはじまりは、明治時代にさかのぼります。その黎明期を語るパートに

「脇道にそれますが、当時のラッパ職人と云うものは、全く新らしい職業でしたので、関東では銅壺屋、飾職、関西では仏具屋からの転職が多く」(足跡-ニッカン小史- 4ページより)

という一文が。

ど、どうつぼ…?

すると、そんな私の疑問に答えるかのごとく、次のページに銅壺についての解説がありました。

「(注)銅壺というのは、銅で作った湯沸器のことで、中に湯を満たし長火ばちの中に置いて炭火で保温するものです。大正時代までには、大抵の家庭にありました。銅壺を作るには銅のかたまりを、金槌で叩いて延ばして、火を加えてやわらかくし、延ばして行くやり方で、関東職人の気質にもよく合っていたのでしょう。よい細工としたものだそうです。」(足跡-ニッカン小史- 5ページより)

実際に見てみたい!

この時点で、どういう機能があるものかはわかったのですが、私の頭の中には「銅でできたツボ」くらいのイメージしかわかず、ネットで検索してみたら筆者の勤務地(東京都港区高輪)からそれほど遠くないところに展示があるとのこと!さっそくお電話をして、取材に行ってきました。
 
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訪れたのは「下町風俗資料館」(東京都台東区)。有名な不忍池(しのばずのいけ)の南東側のほとりにあり、京成上野駅や地下鉄上野広小路駅、もちろんJR上野駅からも歩いて行けるところにあります。

約100年前の風景が再現された展示

下町風俗資料館は2階建ての建物で、1Fには約100年前、関東大震災(1923年/大正12年)の起こる前くらいの下町の長屋の風景が見事に再現されています。

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お話を伺った研究員の本田弘子さんによると、これらは一般の方から寄贈されたもので構成されているとのこと。展示は見るだけでなく実際に上がることもできるものもあり、実際に畳の上に座ってみると100年前の日本にタイムスリップしたような感覚になります!

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本題の「銅壺」を探して

さて、タイムスリップ気分から戻って今回の取材のメイン、銅壺の展示を探します。ちなみに本田さんによれば銅壺は「どうつぼ」ではなく「どうこ」と読むそうです。

これが銅壺職人の住まいを再現したお部屋!家族4人で暮らしているという設定とのこと。

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H:すごい!居住スペースと作業スペースが隣り合っているんですね。

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本田さん:職人には一般に家で仕事をする居職(いじょく)と出職(でじょく)に分けられます。屋内の一角に作業場があるこの銅壺屋は居職の職人ということになりますね。

H:銅壺というのはどれですか?

本田さん:この長火鉢の上にあるものが、銅壺です。

H:そ、想像していたカタチと全然違う!

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銅壺の使い方

H:これはどうやって使うものなのですか?

本田さん:別途七輪(しちりん)で起こした火を長火鉢に入れて、その長火鉢の上に鉄瓶を載せてお湯を沸かします。

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本田さん:また、この横の部分にあるフタをとると中は空洞になっていて、水が注げるようになっています。時間が経つと、この水があたためられてお湯になり、そこにお銚子を入れてお燗(かん)をすることができます。
 
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H:穴が2つあるということは、同時に2つのお銚子をあたためられるということですか?

本田さん:2つあるうちのひとつは、二重構造になっていて、ぬる燗にすることができるようになっています。

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H:ぬる燗用!よく考えられていますね…

美しい機能美

この銅壺、ただの直方体ではなく、非常に機能的な形状をしていて、角はまるく、美しい曲線を描いています。これらが銅の板から生み出されたとは思えないほど、よく出来たカタチをしていることに感心してしまいました。
 
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H:では、職人の作業用のスペースを見せていただきますね。って!これはすごい!!!

本田さん:どうしましたか?

H:現代の管楽器の修理工房とよく似ています!万力があって、工具が整然と並んでいて…

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本田さん:そうなんですね。銅壺職人は銅壺だけでなく鍋ややかんなど銅を材料とする器具を作ったり、修理をしたりしていました。銅壺をはじめとするこういった生活道具は決して安価なものではありませんでしたから、破れたり凹んだりしたらそれを修理しながら長く大切に使っていた時代でした。

H:いやはや…本当に管楽器の置かれているシチュエーションと同じだと感じます。そして、そんな人達が100年前の日本にたくさんいらっしゃったことに、感銘を受けました。
 

ぜひ皆さんも訪れてみてください!

金管楽器やサクソフォンの主な材料である真鍮(しんちゅう)は銅と亜鉛の合金。陣太鼓や法螺貝が一般的だった日本に、突然西洋からもたらされた管楽器を製作・修理するのに、日本の伝統的な技術をもった職人が活躍したとは話では知っていましたが、実際にその職場を見てみると、試行錯誤しながらこれらの西洋楽器を修理したり、見よう見まねで再現してみようとしたものづくりの先駆者たちの苦労の様子が目に浮かぶようでした。

他にも昭和30年代のお茶の間や銭湯の番台が再現されたスペースや、貴重な寄贈資料が展示されています。ともすれば忘れがちな日本人のこころを感じられる、下町風俗資料館にぜひ訪問してみてくださいね。
 
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財団法人台東区文化芸術財団 下町風俗資料館

〒110-0007
東京都台東区上野公園2-1
 

ヤマハ管楽器の歴史

あとがき

取材を終えてオフィスに戻り、ドヤ顔でとなりの席の新人君に話しかける私。

H:いや~、日本のものづくりの凄さを感じてきたよ!

新人くん:どこ行ってきたんですか?

H:下町風俗資料館ってとこでさ。今の若者は銅壺なんて知らないでしょ?

新人くん:実家にありますよ。

H:えっ!!!(驚愕)

新人くん:まだじいちゃんが現役で使ってますよ。写真送ってもらいましょうか。

H:う、うん。お願いできるかな?(まだまだ私も勉強が足りないな…)

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文・写真:Yamaha Wind Stream担当 H
取材協力:台東区立下町風俗資料館 研究員(常勤学芸員)本田弘子様

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