ジャンル(Z BLOG 菅野 浩)
思わぬ化学反応を楽しむ
評論家やリスナーはジャンルを分けたがる。
プレイヤーサイドもジャズをやっている、ポップスをやっていると自ら意識してやっている人も多いと思う。
僕らのやっている音楽では、他ジャンルの共演により思わぬ化学反応を起こし、新しいものが生まれることが頻繁にある。
ジャズボサノバの革新的名作『Getz/Gilberto』(Stan Getz & Joao Gilberto)はその好例として思い浮かぶ作品の一つ。
この作品の録音の前年、スタン・ゲッツは『Jazz Samba』というボサノバのアルバムを発表し、ジャズボサノバの在り方を提示し、ヒットした。
翌年、ジョアン・ジルベルト、アントニオ・カルロス・ジョビン、アストラッド・ジルベルトらと共に更なる趣向を凝らして作られた作品がこの『Getz/Gilberto』だ。
この作品の録音時のエピソードが実に面白い。
ジョアン・ジルベルトはスタン・ゲッツがボサノバを正しく理解していない事(彼にはそう映ったのだろう)に怒って、彼に「バカ」と伝えるようアントニオに言ったが、アントニオは違う意味のことを伝えたそうだ。スタンは前年のボサノバアルバムでのヒットもあり、彼なりにボサノバを理解していただろうが、ジョアンにとっては真の意味でのボサノバを“知らない”人間と受け止められたようだ。だがしかし、この作品はアストラッドの美しい歌声も加算して驚異的なヒットを記録した。
現代に生きる我々の耳には、ジャズボサノバのスタンダードな様式として受け入れられることになった。
この事例から思うに、ひとつのジャンルで深化するのも良いが、他ジャンルのプレイヤーと共演するのも同等に面白いことだと思う。
ジョアン・ジルベルトに真の意味での“ボサノバを知らない奴”と思われてしまったスタン・ゲッツだが、ボサノバを“知りたい”と思い、本場のジョアンを招いて果敢にも体当たりして作品を残した彼の姿勢はすごいことで、ジョアンとの共演を通してボサノバとは何かを“知った”のではないだろうか。
結果としてジャズボサノバという新領域を深め、成功した。また、ジョアンにとっても、後に思いもしなかったジャンルで自分の名が知られることになり、その恩恵を存分に受けたに違いない。
“新しいジャンル”を生み出す過程
このように、他ジャンルのスペシャリストと共演して新しい音楽を生んでしまうところは、音楽の持つ素晴らしい側面だと思っている。
“知らない音楽”を“知りたい”と思い、他ジャンルのプレイヤーと共演し、“新しいジャンル”を生み出す、この過程はとても面白い。
きょうも世界中でこの試みが至る所で行われていると考えるとワクワクする。
僕の“知らない”音楽はどこにあるのだろう。
僕はポール・デスモンドをちょっとばかし深く研究していたので、ジャズのしかもポール・デスモンド的な演奏しか演らないプレイヤーと捉えられがちですが、じつはそういう訳ではなく、そもそもジャンルという概念も無いスタンスで音楽に向き合っているので、そこのところよろしくお願いします。
菅野 浩(すがの ひろし)プロフィール
アルトサックス、クロマチックハーモニカ プレーヤー
小編成から大編成まで活動の幅は広く、自己のバンド「Totem Pole」「Alto Talks」「Landmark Blue」の他、「Gentle Forest Jazz Band」「in's」などのバンドでも活動中。
近年ではクロマチックハーモニカも演奏する。